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山口地方裁判所下関支部 昭和63年(ワ)81号 判決

原告

服部義人

私鉄中国地方労働組合サンデン交通支部

右代表者執行委員長

菊永庄太郎

右両名訴訟代理人弁護士

田川章次

名和田茂生

被告

サンデン交通株式会社

右代表者代表取締役

林孝介

右訴訟代理人弁護士

沖田哲義

右訴訟復代理人弁護士

清水弘彦

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告の原告服部義人に対する昭和六二年七月一一日付け懲戒処分が無効であることを確認する。

二  被告は、原告服部義人に対し金三〇万円、原告私鉄中国地方労働組合サンデン交通支部に対し金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和六三年四月一五日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告服部義人(以下「原告服部」という。)が、被告が同原告に対して行った懲戒処分は違法であるとして、この無効確認と不法行為に基づき慰謝料金三〇万円の支払を求め、原告私鉄中国地方労働組合サンデン交通支部(以下「原告組合」という。)が、原告服部に対する右処分は、原告組合の弱体化を目的に行われたものであるから、違法であるとして、不法行為に基づき慰謝料金一〇〇万円の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者等

被告は、自動車(バス)による一般旅客運送事業などを営む株式会社である。

原告組合は、被告の従業員をもって組織する労働組合で、私鉄総連の結成に参加し、その後の改組に伴って私鉄中国地方労働組合に加入している。

原告服部は、被告の従業員であって、昭和五七年から昭和六二年まで原告組合執行委員長であった。

被告の従業員をもって組織する労働組合として、原告組合の他に、サンデン交通労働組合(以下「サン労」という。)がある。

2  懲戒処分に至る経緯

(一) 原告組合・被告間の労使慣行

原告組合・被告間には、現在、労働協約は締結されていないが、

「前項により通知をした争議行為の具体的日時・規模・形態等が決定したときは、遅くとも二四時間前までにその旨を文書で相手方に通知しなければならない。

なお、その通知は午前八時三〇分より午後四時三〇分までの間に行うものとし、その通知日が日曜又は祝日に該当する場合は更にその前日とする。」との昭和四一年五月まで原告組合・被告間で締結されていた労働協約(以下「旧協約」という。)五五条二項の規定を尊重するという労使慣行がある。

(二) ストライキに至る経緯

私鉄総連は、労働大臣その他に対し、昭和六一年三月二五日、労働関係調整法三七条一項に基づき、一括して傘下組合の争議行為の予告通知をした。原告組合は、被告に対し、同月二九日、旧協約五五条一項に基づき、ストライキ実施の予告通知をし、同年四月一一日午後三時二五分、旧協約五五条二項に基づき、左記の内容の通知書を交付してストライキ(以下「本件ストライキ」という。)を実施する旨通知し、さらに、翌一二日午後五時九分ころ、車両分散などの先制的争議対抗措置がとられた場合には、右通知書の但書を適用する場合がある旨注意を喚起する文書を交付し、午後一〇時二九分(以下時間だけを記載しているときは、「同日」を省略している。)ころ、「車両分散の実施が午後九時四〇分以降各営業所で確認されており、午後一〇時三〇分からストライキに突入する」旨の通知書を交付した。

日時 四月一三日(日)午前零時より終日

但し、会社側による車両分散などストライキ対抗手段がとられた場合、その時点より争議に突入する(以下単に「但書」という。)。

形態 二四時間ストライキ

対象 全原告組合員

除外 各種休暇取得者

これに対して、被告は、原告組合に対し、同月一三日、「申入れ」書を交付して、午後九時五〇分ころから午後一〇時二〇分ころまでの間に、本件ストライキの対抗措置として、小月、彦島、北浦、長門の各営業所で、営業用車両(以下単に「車両」という。)の分散(運行を確保するために、車両を車庫外に移動すること)を開始したので、原告組合は、被告に対し、午後一〇時二九分、本件ストライキを午後一〇時三〇分に繰上げて実施する旨文書で通告したところ、福田冨士夫人事部副部長(以下「福田」という。)は、右文書を原告組合に返却した。

(三) ピケッティング

原告組合は、午後一〇時三〇分から本件ストライキを実施し、被告は、その対抗措置として、新下関営業所(以下単に「営業所」というときは、新下関営業所のことをいう。)において、午後一一時五分ころ、午後一一時五五分ころ、翌一三日午前四時過ぎころ、午前五時三〇分ころの四回にわたり、車両分散を実施しようとした。これに対して、原告組合は、原告服部らの指導の下、ピケッティングを実施した(以下「本件ピケッティング」という。)ので、被告は、車両を分散させることができなかった。そのため、同日は、少なくとも、一二路線四三系統で七五・五往復の運行が欠行となった。

(四) 懲戒処分

被告は、同年九月二〇日付けで、原告服部を「減給日額二分の一」にする旨の懲戒案を提案した。そこで、原告組合・被告間で、同年一二月一〇日から昭和六二年三月三〇日までの間に、四回にわたって話合いが持たれた。原告組合は、被告に対し、被告が原告組合の適法な争議行為を敵視し、これまでの労使慣行を無視して徒に労使間の対立を煽るものであるから、右懲戒案を撤回して、これを提案したことについて謝罪するように申入れたが、被告は、同年七月一一日、本件ストライキは、旧協約五五条二項に違反して違法であり、本件ピケッティングは、被告の業務を実力で妨害する行為で違法であるとして、原告服部を「譴責」にする旨の懲戒処分を行った(以下「本件懲戒処分」という。)。

二  争点

1  本件ストライキの繰上げ実施が、労使慣行となっていた旧協約五五条二項に違反するか否か。

(一) 原告らの主張

但書付き争議予告は、労使慣行となっていた。また、但書付き争議予告を禁止する規定はなく、これをしてはならないという労働協約も労使慣行もないのであり、但書適用の条件が、使用者側の対抗措置を条件としている以上、但書の適用は争議予告の趣旨に反しない。仮に、但書付き争議予告が労使慣行になっていなかったとしても、本件ストライキは、争議予告から三一時間後に開始されており、旧協約に違反しない。

よって、本件ストライキは、旧協約五五条二項に違反しない。

(二) 被告の主張

但書付き争議予告は、労使慣行となっていない。したがって、予告された開始時間前に開始された本件ストライキは、旧協約五五条二項に違反する。

2  本件ピケッティングが違法な実力行使であるか否か。

(一) 原告らの主張

本件ピケッティングは、被告の車両分散に対抗するため、説得のため車両の前面に出てこれを停止させ、あるいは分散予定車両の運転手や運転のため乗車しようとする者、被告の責任者らと分散予定車両の前で話をする以外には、なんらの実力行使に至っておらず、このような形態のピケッティングは、従来から行ってきており、なんら不当・違法ではない。

(二) 被告の主張

本件ピケッティングは、四回にわたり被告が実施しようとした車両分散等の行為を物理力の行使をもって阻止したものであり、平和的説得と団結の示威の範囲を超えた阻止行動で、違法である。

3  本件ストライキ及び本件ピケッティングの違法を理由に、原告組合の委員長であった原告服部に対し、幹部責任を問うことができるか否か。

原告らの主張

組合幹部が違法な争議行為について責任を負うのは、幹部自身が独断的に判断して極端に違法な行為を指令したような例外的な場合に限られるべきであり、通常の争議行為、特にその争議手段を含めてそれが労働組合全体の意思を表していると判断される場合では、幹部責任を追及できない。本件では、右の例外的事情はない。

第三争点に対する判断

一  認定事実

前記争いのない事実及び証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

1  本件ストライキに至る経緯

原告組合の上部組織である私鉄総連は、労働大臣その他に対し、昭和六一年三月二五日、労働関係調整法三七条一項に基づき、一括して傘下組合の争議行為の予告通知をした。原告組合は、被告に対し、同月二九日、旧協約五五条一項に基づき、ストライキ実施の予告通知をし、同年四月一一日午後三時二五分、旧協約五五条二項に基づき、通知書(〈証拠略〉)を交付し、さらに、翌一二日午後五時九分ころ、車両分散などの先制的争議対抗措置がとられた場合には、然るべく対応する旨通告した文書(〈証拠略〉)を交付し、午後一〇時二九分ころ、「車両分散の実施が午後九時四〇分以降各営業所で確認されており、午後一〇時三〇分からストライキに突入する」旨の通告文書を交付した。

これに対し、被告は、原告組合に対し、同日、車両分散は、会社の業務であって正当行為である旨記載した書面(〈証拠略〉)を交付して、午後九時五〇分ころから午後一〇時二〇分ころまでの間に、小月、彦島、北浦、長門の各営業所で車両分散を開始する一方、福田は、旧協約によれば、争議行為の通知時間が午前八時三〇分から午後四時三〇分までの間となっており、原告組合の通告が労働慣行に反するため、午後一〇時五〇分ころ、右通告文書を原告組合に返却した。

昭和四八年以降、原告組合は、但書を付してストライキ実施の通告をしているが、被告が原告組合に対し、不明確な内容なので了承できないから但書は認められない旨申入れたりしたこともあって、これまで、被告が車両分散を実施しても、原告組合が但書を適用して、ストライキ開始時間を繰上げて実施したことはなかった。そして、原告組合が実力で車両運行を阻止したときは、被告はその都度警告書を交付していた。原告組合が車両分散に対するピケッティングを実施したのは、本件以外にはなく、昭和六二年の春闘でも、原告組合は、実力による車両分散の妨害をしなかった。

原告組合と被告は、本件懲戒処分について、四回にわたり話合った。被告は、ストライキ開始時間が早かったことと実力によるピケッティングを実施したことを理由に原告服部を「譴責」にする旨の本件懲戒処分を行った。

2  本件ピケッティングの実施状況

(一) 本件ピケッティングに至る経緯

被告は、昭和六一年四月一一日ころ、本件ストライキに対抗して、車両分散を実施することにした。

他方、原告組合は、同月一二日午後三時ころ、執行委員会を開催して本件ストライキの実施方法等について検討し、車両分散の実施状況によって、但書を適用してストライキに入ることを決定し、午後一〇時ころまでに、いくつかの営業所で車両分散が実施されていたことから、但書を適用して午後一〇時三〇分からストライキに入ることを決定した。

原告服部は、午後一〇時四〇分ころ、橋本執行委員は、午後一〇時五五分ころ、菊永庄太郎原告組合書記長(以下「菊永」という。)は、午後一一時五分ころ、それぞれ営業所に到着した。

(二) 一回目のピケッティングの状況等

草野良教運転掛(以下「草野」という。)は、午後一一時五分ころ、翌日に予定されていた本件ストライキに対抗して、営業所にある約六三台の車両のうち三五台の車両を、近くの「山口いすゞ自動車」まで移動させる計画に従い、まず四台の車両分散を実施するために、営業所に駐車していた八五〇号車に乗込んだ。その後には、一一〇八号車(中野雅行整備課長運転)、七〇七号車(上田静男運転掛(以下「上田」という。)運転)、四四八号車(稲村重成運転掛運転)が続いた。草野は、時速約一五キロメートルで走行し、営業所出入口にさしかかったところ、進行方向右側に駐車していた普通乗用自動車の陰から五、六人の原告組合員らがいきなり前面に飛出してきたので、驚いた草野は、急制動をかけて車両を停止させた。草野は、本件ストライキの開始が翌一三日午前零時からと知らされており、本件ストライキの開始時間になっていないので、退くように言ったが、原告組合員らは、車両の前に立ちふさがり(その数は徐々に増えていった。)、「運転手でもないのが何しよるか。」「下がれ。」などと叫んだ。その直後、山田一男運転手が運転する午後一一時七分帰着予定の四四番定期バスが入庫するため正門前に到着したので、そのままの位置にいると、その車両が入庫できないので、分散を断念して四台の車両を後退させ、草野は車両から降りて事務所に引上げ、上田所長代理にピケッティングを実施された旨報告し、対策を立てるように求め、再び八五〇号車に乗込んだが、午後一一時三〇分ころ、事務所に引上げた。

澄川陽夫営業所長(以下「澄川」という。)は、午後一一時三〇分ころ、営業所に到着し、事務所に入った。午後一一時一〇分ころ、上田所長代理が福田に電話をかけて車両分散を原告組合員に妨害された旨報告してきたので、福田は、それを数名の本社幹部らに連絡し、午後一一時三〇分ころ、折り返し上田所長代理に電話をかけ、実力による妨害を止めさせようと考えて、原告服部を電話口まで呼び出させた。本件ピケッティングの責任者であった原告服部は、菊永と打合わせたうえ、原告組合は、〈1〉被告が既に各営業所で車両分散を開始していること、〈2〉ストライキ通告後、二四時間以上の三一時間が経過していること、〈3〉但書を適用してストライキに入ること、そして、念のために、午後五時過ぎころにも通告している旨主張することにして電話に出た。すると、福田は、本件ストライキの開始時間が通告では翌一三日午前零時からになっているのに、まだその時間が来ていないこと、被告が業務として車両分散するのを実力で妨害するのは業務妨害であること、そこで、原告組合委員長として組合員に対して直ちに妨害を止めるように指導してほしい旨言うと、原告服部は、右〈1〉ないし〈3〉を主張し、自分では分からないので、菊永に電話をかけるように言って電話を切った。その間に、菊永は、原告組合書記局に帰った。福田は、菊永と話をするために原告組合書記局に行った。

(三) 二回目のピケッティングの状況等

福田、樋本労務課長、前田副長、篠原本社員は、同月一二日午後一一時五〇分ころ、車両分散を実施するために営業所に行き、事務所に入って澄川らと車両分散計画について打合せをした。被告は、午後一一時五五分から、車両分散を開始し、上田が澄川と先頭の八五〇号車に乗込み、一一〇八号車には草野が、七〇七号車には若木健営業所運転副長(以下「若木」という。)が、四四八号車には中野雅行が、それぞれ乗込んだ。上田は、原告組合員らが妨害すれば、福田らが説得するだろうと考え、行ける所まで行くつもりで、時速約一〇キロメートルで約一〇メートル走行し、約三〇名の原告組合員らがいる直前で車両を停止させた。原告組合員らは、車両の前面に立ちふさがり、もたれかかったり、バンパーに腰掛けたり、体を密着させたりして妨害をした。福田、樋本労務課長、篠原本社員、前田副長は、原告組合員らに妨害されたときは、それを止めるように申入れる目的で、車両から少し離れて、その移動にあわせて歩いていたので、福田は、真っ暗闇の中、野次る原告組合員らに対し、本件ピケッティングの責任者は誰か尋ねると、原告服部が名乗り出たので、午前零時になっていないのに、車両を止めるならば処分する旨、業務として実施する車両分散に対する妨害を直ちに止めるように原告組合員に指導してほしい旨言ったが、原告服部は、その意思はなく、前記〈1〉ないし〈3〉を繰返し主張するだけだった。福田が、原告組合員らに対して、説明しても妨害するのなら責任を取ってもらうこと、まだ時間が来ていないから、違法ストライキを止めるよう言ったところ、原告組合員らは、罵声を浴びせるだけだった。そこで、福田の指示で、篠原本社員が柱時計を持った樋口の写真を撮った。その時、右時計は、一一時五七分を指していた。原告組合員らは、写真を撮ったことについて抗議したところ、福田は、違法なピケッティングであるから、責任を追及する旨言った。福田らは、これ以上話をしても車両を動かせる状態ではないと判断して、翌一三日午前零時一〇分ころ、事務所に引上げ、福田は、澄川らを集めたうえ、このままの状態であれば、車両分散ができないので、明日の運行を確保するために、応援部隊を要請することを含め、その対策を本社に帰って相談し、その結果を連絡することにして本社に帰った。

本社に帰った福田は、営業所の状態を関係者に報告し、車両分散の妨害に対する説得と、これを排除しなければ運行の確保ができない旨長谷川哲二営業課長代理(以下「長谷川」という。)、加藤部長、能美次長ら責任者に連絡し、応援部隊十二、三名を営業所に行かせた。

菊永が、午前零時三〇分ころ、原告組合書記局から福田に電話をかけたところ、福田は、通告による開始時間である午前零時前にストライキを開始したこと、被告が警告しても実力で車両分散を妨害したこと、責任者の責任を追及することを言って電話を切った。菊永は、午前二時ころ、営業所に行き、直ちに執行委員会を開催して、サン労組合員らに配布するビラの作成や他の組合役員との打合わせ等をした。

(四) 三回目のピケッティングの状況等

被告は、午前四時過ぎころ、車両分散を開始し、加藤部長ら十数名の本社員と若木ら四名の運転掛が車両の方に向かった。若木が先頭の八五〇号車に澄川とともに乗込み、後続の一一〇八号車には草野が、七〇七号車には上田が、四四八号車には稲村重成が、それぞれ乗込んだ。若木がエンジンを始動させると、四、五十名の原告組合員らは、車両の正面に近付き、「誰が運転しよるんか。」「若木のはげだ。」「俺を殺すんか。」などと言いながら、バンパーに腰掛けて前照灯の前に立ちふさがって前方が見えないようにしたりした。若木は、原告組合員らを押しながら車両を約五〇センチメートル走行させたが、それ以上動かすと、けが人が出ると思い、また、前方が暗くて見えなかったので、車両を停止させた。その後、「何をしているんだ。」「帰れ。」などの原告組合員らの罵声の中で、長谷川が原告組合員らに対し、責任者は誰か尋ねたところ、原告服部である旨の声があったので、原告服部を呼び出した。間もなく、原告服部が来たので、長谷川は、車両を出すのでピケッティングを解くこと、車両分散は、会社の正当行為であって、最高裁判例も認めていること、もし、申入れを聞入れないときは、責任者を処分する旨三、四回申入れたが聞入れられなかった。そして、怒鳴り合いとなって険悪な雰囲気となったため、長谷川らは事務所に引上げた。この間、約二〇分であった。

(五) 四回目のピケッティングの状況等

被告は、午前五時過ぎころ、営業所の始発便の出庫時刻が迫ってきたため、とりあえず、午前五時三三分出庫予定の始発便を出庫させようとして車両分散を開始し、澄川は、上田に始発便を運行させることにした。上田は、制服制帽を着用して、八五〇号車に乗込むため、加藤部長、能美次長、長谷川らと移動隊に援護されながら、乗降口に向かったが、ドア付近に四、五十名の原告組合員らが固まってピケッティングを実施し、「運転手じゃないんだから正規の運転手を連れて来い。」「お前は運転掛じゃないか。とぼけるな。」などと野次、罵声を浴びせ、執拗に大勢で乗車させないようにしたため、車両にたどり着くことができず、やむなく事務所に引上げた。加藤部長らは、原告組合員らに対し、約二、三〇分にわたって、最高裁判例を引用して車両分散が正当行為であるからピケッティングを解くように再三要請したが、原告組合員らはこれに応じなかったため、上田を事務所に引上げさせた。その間、約一〇分であった。

(六) その後の状況

原告組合は、午後二時三〇分、ピケッティングを中止したが、本件ストライキによって、少なくとも一二路線四三系統で七五・五往復の運行が欠行となった。

二  本件ストライキの違法性について

旧協約によれば、原告組合がストライキを実施する場合には、被告に対し、その二四時間前までに予告通知をしなければならない。これは、ストライキ開始の二四時間前に何らかの予告通知をしていれば良いというものではなく、二四時間前に具体的なストライキ開始の日時を示して予告通知しなければならない旨定めたものと解するのが相当である。

ところで、原告らは、但書を適用して本件ストライキを実施しているから、旧協約に違反しない旨主張するが、前記認定のとおり、但書は、昭和四八年からストライキ通告文に記載されてきたが、被告は、当初から、このような不明確な内容では了承しかねるので、原告組合としても十分検討し、このような不明確な条項に基づくストライキを中止するように強く要請してきており、このためか、原告組合も、昭和四八年以降、被告が車両分散を実施したにもかかわらず、但書を適用してストライキ開始時間を繰上げたことはなかったのであるから、原告組合・被告間には、未だ、但書部分についての合意はできていなかったというべきである。したがって、但書をもとに争議開始予定時間前に実施された本件ストライキは、旧協約に違反するものである。しかし、争議行為の予告義務は、争議権の行使自体を制限するものではないから、予告義務に違反して争議行為がなされても、労働協約に違反する点において組合に債務不履行責任を生ずることは別としても、その争議行為自体は、違法とはいえず、使用者は、労働者がかかる争議行為をし、または、これに参加したことのみを理由として懲戒処分に付し得ないと解するのが相当である(最高裁昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三一九四頁参照)。

三  本件ピケッティングの違法性について

ストライキは、必然的に企業の業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって、不法に使用者側の自由意思を抑圧し、あるいは、その財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されず、これをもって正当な争議行為と解することはできない。また、使用者は、ストライキの期間中であっても、業務の遂行を停止しなければならないものではなく、操業を継続するために必要とする対抗措置を採ることができる。そして、右の理は、非組合員等により操業を継続してストライキの実効性を失わせるのが容易であると考えられるバス、タクシー等の運行を業とする企業の場合にあっても基本的には異なるものではなく、労働者側が、ストライキの期間中、非組合員等による営業用自動車の運行を阻止するために、説得活動の範囲を超えて、当該自動車等を労働者側の排他的占有下に置いてしまうなどの行為をすることは許されず、右のような自動車運行阻止の行為を正当な争議行為とすることはできない(最高裁平成四年一〇月二日第二小法廷判決・判時一四五三号一六七頁)。したがって、ピケッティングは、平和的説得に限って許される。

それにもかかわらず、原告組合は、複数の組合員を車両の前面に飛出させるなどの実力を用いて、被告が操業を継続するために実施した車両分散(四回目は正規の運行)を四回にわたり妨害して不能としたのであるから、本件ピケッティングは違法というべきである。

四  本件懲戒処分の適法性について

原告服部は、原告組合執行委員長として、違法な本件ピケッティングを指揮指導していながら、被告による再三の説得にもかかわらず、これを改めなかったのであるから、本件懲戒処分が「譴責」にとどまることも考慮すると、本件ストライキ及び本件ピケッティングが違法であることを理由になされた本件懲戒処分は、適法・有効である。なお、原告らの主張する違法争議行為についての幹部責任に関する見解は、採り得ない。

第四結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 仲渡衛 裁判官 飯田恭示 裁判官 磯貝祐一)

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